戸塚競馬場(神奈川県)
1942(昭17)年〜1950(昭25)年

戸塚の駅前という好立地で行われ人気を博していた旧・戸塚競馬場(吉田町)は
戦争により軍用馬専用の訓練場に変貌され

1942(昭17)年:新しく
駅から離れた戸塚区汲沢町に移転し
戸塚競馬は再開された



やがて
終戦となり
娯楽の一環として
戸塚競馬にも活気が戻ってきた

馬場は戸塚駅前から遠く離れた
坂と砂利道を歩いた先にあった
にも関らず
駅から馬場の入り口近くまで屋台が軒を並べる
盛況振りであり
売上げも
戦後の地方競馬の中で1位を誇っていた



その頃
川崎にも新しく競馬場が建設された


全国的にギャンブルで加熱し始めた民衆も増え
身を滅ぼす者も出始めた

世論の声も高まり
ひとつの県内では一ヶ所の競馬場しか施行してはならない
という
地方競馬規則の公布が発令され

神奈川の出した結論は
駅から近いという理由で川崎競馬場を選び

1950(昭25)年:
川崎競馬場のオープンを待って戸塚競馬閉幕となった



神奈川県横浜市戸塚区汲沢町